チェ・スジン先生の「朝鮮王朝実録の話」(3)転機となった「威化島回軍」
中国では明が新たな支配者となり、元は北方へ退きました。
高麗の親元派は明と対立し、明からの無理な要求に対し、禑王と崔瑩は李成桂に遼東出兵を命じます。
しかし李成桂は、鴨緑江の威化島で進軍を止め、軍を引き返して開城を攻撃・陥落させ、崔瑩を処刑しました(1388年)。
この「威化島回軍」によって李成桂は権力を握り、王を次々と交代させながら、最終的に恭讓王を擁立します。
理想と現実のはざまで
鄭夢周は改革の必要性を認めつつも、高麗王朝の存続を望んでいました。
彼は鄭道伝や李成桂の友人でもありましたが、新たな国を築く上で、乗り越えなければならない“最後の壁”でもあったのです。
