チェ・スジン先生の「朝鮮王朝実録の話」(16)🏯王権安定のための冷徹な布石:太宗による外戚排除
上王となった後も権力を握った太宗
世宗が即位した1418年、父・太宗は王位を譲って「上王」となりましたが、実質的な権力は依然として彼の手にありました。
太宗は、息子・世宗の統治基盤を安定させるため、外戚(王妃の親族)勢力を排除する計画を立てていました。
その標的となったのが、世宗の義父である沈温(シム・オン)です。
沈温は明(中国)への使節として任務を終えて帰国した直後、反逆罪の濡れ衣を着せられ、処刑されました(賜死)。
🗡️ **賜死(しし)**とは、歴史的に君主が臣下や高位の人物に対して「自ら命を絶つよう命じる」死刑の一種です。単なる処刑とは異なり、名誉や家族の保護を考慮した“恩情ある死”とされることもあります。
